人文学やばいという話

この記事がらみで。

https://anond.hatelabo.jp/20200827235740

日本におけるアフガニスタン研究というのは割と長い歴史があって、戦後は1955年の京大カラコルム・ヒンズークシ隊の調査に始まって、建築や考古学、芸術などの現地調査が何度も行われてきました。その中には7次にわたるイラン・アフガニスタンパキスタン調査隊の派遣や、民族音楽の調査(これは1970年代に3回くらい行ってるはず)なども含まれています。

そうした背景もあり、日本には、アフガニスタンの建築や文化財、考古学や芸術に関する専門家が育ってきました。タリバンによって破壊されたバーミヤンの石仏の修復についての専門家会議を日本で2017年に開催できたのも、そうした蓄積があったからなのです(以下の記事)。

https://www.sankei.com/life/news/171009/lif1710090005-n1.html

で、その会議に出席された何人かの専門家の先生と、会議後に線路渡った鶯谷の安い居酒屋でお酒を飲みながら聞いた話。ここ10年くらいアフガニスタンの治安の極度の悪化で、日本から調査隊を送り出すことは不可能になっていて(文科省からの通達で退避勧告が出ている地域には科研費を使った調査ができないし、そもそも危険が危ない)、若手の研究者が育っていない。そこにいらした先生方は今60代くらい、自分たちの世代で日本におけるアフガニスタン研究が途絶えてしまうことを真剣に危惧しておられました。